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珠玉の名曲たち、クラシック音楽を楽しむブログ。クラシック音楽の楽曲をテーマに、短いエッセーを書いています。

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ケルビーニ 交響曲 ニ長調:ケルビーニとトスカニーニ

Cherubini;Symphony in DCherubini;Symphony in D
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Domenico Cimarosa、 他

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ケルビーニ 交響曲 ニ長調

かの楽聖ベートーヴェンも尊敬し、同時最高のオペラ作曲家として讃えられたルイジ・ケルビーニは、ベートーヴェンと同時代を生きたイタリアの作曲家である。
彼の作品を何か一つでも聴けば、ベートーヴェンが讃えたというのはすぐにうなずけるだろう。
残念ながら現在ケルビーニのオペラ作品に触れる機会は極めて僅かしかないと言わざるを得ない。
ケルビーニの最高傑作とも言える、カラス・ファンなら誰もが知っているオペラ「メデア」は、そのメデア役のソプラノの難しさゆえに頻繁に演奏されるものではないし、また多くの音楽家やクラシック・ファンが、イタリア人ほどにケルビーニに熱くなれないというのもある。
イタリア人なら熱くなるのか。ムーティもケルビーニを非常に重要な作曲家として認めているし、若手音楽家の育成とイタリアの音楽的復興のためにケルビーニ管弦楽団を設立するくらいだ。
そして、トスカニーニこそ、ケルビーニの音楽史的価値を、自身の演奏で最も力強く主張した人物である。

交響曲の話に戻ると、この曲はケルビーニの作曲した唯一の交響曲である。
それこそハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンといったドイツ作曲家の交響曲であるような構造と、ケルビーニの個性とも言える濃厚で気品ある旋律が、しっかりとまとまった非常に完成度の高い交響曲だ。
ゆったりした序奏から始まるが、リラックスした美しさと緊張感ある美しさが併存したオープニングには、思わずぐっと耳を傾けてしまう。
序奏が終わると、1楽章は華麗な旋律が止め処なく駆け廻り、かと思うと弦楽のしっとりした響きが強調され、力強さと繊細さの現れ方が絶妙で飽きることがない。
2楽章は緩徐楽章だが、ここでは木管楽器のカンタービレが聴きどころのひとつとなる。もちろん弦楽の歌いも魅力だが、中間部でのフルート、オーボエ、ファゴットの重なりから感じる優しくも情熱ある響きは美の極みだ。
3楽章はスケルツォ楽章で、この楽章も「楽章の趨勢」とでも言おうか、運びが上手すぎて本当に飽きない。ベートーヴェンも尊敬する訳だ。
4楽章では今まで語った以上の魅力の上にさらに高揚感が加わり、完璧なフィナーレを為す。歯切れのよい終わり。
この楽想が、トスカニーニの個性と完全にマッチする。トスカニーニのためにあると言っても良いくらいだ。
トスカニーニの演奏の魅力は何か。あふれる情熱が音楽の隅々にまで行きわたり、それが得も言われぬ力と密度を生みだすところだと思う。
彼のレスピーギやヴェルディの演奏から感じるものと、ベートーヴェンやショスタコーヴィチ、メンデルスゾーンなどの演奏から感じるものと、その両方がこの曲の演奏にある。
自国の誇る偉大な作曲家が忘れられるのは遺憾なことである。トスカニーニには当然そういう想いもあったことだろう。
そしてシンフォニストたちへの彼の真摯な態度、彼の交響曲へのアプローチが、当然このイタリアの誇る作曲家の交響曲に魂を生ぜしむるのだ。
ケルビーニの交響曲という名曲は、トスカニーニの名演で、真に名曲たると主張したい。

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