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珠玉の名曲たち、クラシック音楽を楽しむブログ。クラシック音楽の楽曲をテーマに、短いエッセーを書いています。

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カリンニコフ 交響曲第1番:旋律美、以上。

カリンニコフ:交響曲第1番ト短調/同第2番イ長調カリンニコフ:交響曲第1番ト短調/同第2番イ長調
(1993/01/01)
クチャル

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カリンニコフ 交響曲第1番 ト短調

聴いた瞬間に「うわー、ロシア!」って思える曲なら、これを挙げておいて間違いはないはずだ。
ユニゾンで美しい民謡風の旋律が奏でられると、そこから先は延々とカリンニコフの旋律美の世界。
ロシアらしい旋律、美しい旋律だけをただただお腹いっぱい堪能したいなら、チャイコよりもこちらの方がいいだろう。
カリンニコフは1866年に生まれ、1901年に34歳で亡くなった、薄倖の作曲家と言われている。
存命中は脚光を浴びなかったが、死後「夭折した天才作曲家」と銘打って妻と出版社が売り出したところ、ロシアで大ヒットとなった。
30分を超える4楽章構成の交響曲だが、その旋律の単純な美しさから、素人の聴衆にも非常に聴きやすかったのだろう。
循環形式で特に複雑なところもないので、なんの気兼ねもなしにただ聴けば良いと思われる。
構成的に難解なところや、深い含意などはない。あるのは旋律美、それだけ。
4楽章に再び1楽章の印象的な旋律が帰ってきて、「ああ、また…」と胸を締めつけられるようにうっとりとする。
最近たまたま友人がカリンニコフの話をしてきたので、聴き直して、ここで取り上げようと思ったのだ。

さて、突然だが、昔からロシアは、オリンピックの中で芸術点を必要とするものに強い。
フィギュア・スケートなり、シンクロナイズド・スイミングなり、音楽に合わせて何かするものに関してはやたら強いし、事実美しい。
僕も幼いころからそういうものを見て、「そもそも音楽がこんなに綺麗だし、どうやっても日本は勝てないんじゃない?」なんて思っていた(ところが今年の冬季オリンピックのフィギュアはアジアが強かったしそれは採点がどうのこうのという話はどうでも良い)。
ラフマニノフにしろチャイコにしろ、よく用いられているし、それはやはり旋律の美しさ、ロシア人以外にも通用するワールドワイドな旋律美があるからだろう。
美しいロシアの旋律は、非常に取っ付きやすい。僕もそうして「美しいロシア音楽」を求めロシア(ソビエト)の作曲家を漁るようになっていった。
そこで出会ったカリンニコフの交響曲の美しさには、本当に閉口した。こんなにも心を震わせる旋律があったなんて!
僕の中で大カリンニコフ・ブームが起こったのだが、ブームは必ず去るものであって、しばらくしたら全然聴かなくなってしまった。何というか、まあ飽きるのである。
クラシック・ファンの中でも、ナクソスがクチャル盤を出したおかげでブームが来た。僕も今聴くのはクチャル盤だが、出会いはスヴェトラ盤である。
ものすごく美しい、これは認める。しかし、そういうのは大体飽きるのも早いものだ。濃い味のものは続けたくないし、美人は見飽きるとも言う(見飽きない美人もいるが)。
そして何より、「旋律美以外何もない」のだ。聴けば聴くほど味が出るものだが、味を出す要素が「旋律」しかないのだから、まあ仕方ない。
オリンピックでロシアの選手はこれからも「芸術点」を取り続けるだろうが、それは旋律の美しさが一役買っていると思う。
ではロシア音楽は――永遠に輝き続けると僕は信じているし、それは旋律の美しさだけではないことは言うまでもない。
カリンニコフがあと何十年長生きしていればあるいは、と心底思う。それ程の旋律美なのだ。

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