width=

珠玉の名曲たち、クラシック音楽を楽しむブログ。クラシック音楽の楽曲をテーマに、短いエッセーを書いています。

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

シェア・ブログランキング参加のリンクです。いつも応援ありがとうございます。よろしければ、1クリック協力お願いします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ blogram投票ボタン 音楽ブログランキング

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ロッシーニ 歌劇「絹のはしご」序曲:引きぬく価値ある序曲

ロッシーニ序曲集ロッシーニ序曲集
(2006/04/12)
シャルル・デュトワ

商品詳細を見る


ロッシーニ 歌劇「絹のはしご」序曲

ブログで記事を書くにあたって、僕はロッシーニの数ある歌劇の中で、まず「泥棒かささぎ」を選んだ。次に選ぶのはこの「絹のはしご」である。
なぜ「泥棒かささぎ」を書いたかはそちらの記事を見ていただきたいのだが、ウィリアム・テルとセビリアの理髪師については、ちょっと語りがたいというのもある。
両方とも、知名度、名曲としての風格、申し分ないのだが、特に思い入れがないため、どうも筆を持つ手が進まない。
ではその点、この「絹のはしご」には相当の思い入れでもあるのかというと、別にそれほどのものはない。
しかし、テルと理髪師を除いて何か書くとしたら、泥棒かささぎを書いてしまったので、絹のはしごになるのは必然と言える。
“必然”と強い言葉を使っても何の問題もないくらい、この曲はロッシーニの歌劇序曲の中で突出して美しい名曲なのだ。
意味なくこの曲を選んだという訳ではない。

筋書きは実にくだらない(といっても歌劇にはそういうくだらないものが多いのだが)ドタバタ・ラブコメディと言ったところ。
ヒロインのジュリアは後見人のドルモンに隠れて、毎晩窓から絹のはしごを下ろし、夫ドルヴィルと密会を重ねていた。それを知らないドルモンは、ジュリアをブランザックという男と結婚させようとするのだが、このブランザックというやつもまた面倒なことに、別の女に恋をしてしまい……というストーリー。
最後は結局みんな上手くいって大団円、という一幕もの。一幕というこの短さのせいか、ほとんど歌劇として上演されることはない。しかし序曲はしばしば取り上げられる名曲だ。
印象的な冒頭のメロディーはやはり弦楽。やはり、と言ったのは、何となくだが、この下降する旋律は、絹のはしごを窓から垂らしているイメージなのだ。その絹のはしごがさらっと垂らされる素材感・優美な雰囲気は、弦楽器であるべきだろう。
あとは取り立てて言うこともない、むしろケチの付けようがない、ロッシーニらしい豊かな感情が現れる旋律。テンポも小気味良く、引っかかるところは何も無い。
こういう曲は特に書くことがなくて困るのだ。あまり批判的なことを書くのは少し無粋にも思える、それだけ純粋な美を湛えている音楽だと思う。
やりすぎた感がないのがロッシーニの良さだろう。プッチーニではこうはいかない。そういえばまだプッチーニの記事をひとつも書いていないな。ロッシーニと甲乙つけ難いくらい好きではあるのだが。
まあ、僭越ながら一言申し上げれば、木管楽器の技量が問われるオーケストレーションとなっているように思える。
もちろん、それだけに卓越した木管奏者が吹けば、この曲の魅力は倍増する。素朴な美しさを味わいたい。

シェア・ブログランキング参加のリンクです。いつも応援ありがとうございます。よろしければ、1クリック協力お願いします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ blogram投票ボタン 音楽ブログランキング
スポンサーサイト

| ロッシーニ | 17:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ロッシーニ 歌劇「泥棒かささぎ」序曲:きっと残り続ける曲の1つ

ロッシーニ:序曲集ロッシーニ:序曲集
(2005/12/21)
ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ ノリントン(ロジャー)

商品詳細を見る


ロッシーニ 歌劇「泥棒かささぎ」序曲

ロッシーニのオペラと言えば、やはり「ウィリアム・テル」と「セビリアの理髪師」が知名度、名曲としての存在感において抜群だが、僕は「泥棒かささぎ」や「絹のはしご」、「チェネレントラ」なんかも案外好きである。
高校の頃はよく聴いていたのだが、近頃はあまりロッシーニを聴かなくなっていた。
しかし某保険会社のCMで耳にして、「泥棒かささぎ」をCMに使うとはなかなかだなあ、と思ったのだ。
ロッシーニのオペラ序曲は、正に「ながら聴き」に丁度良い、などと言ったらお叱りを受けそうだが、事実その旋律の美しさは、意識して聴かなくとも、ごく自然に心に入ってくる、素直で快い旋律なのだ。
小太鼓のロールから始まり、朗らか、かつメランコリックな主題、鮮やかに移るソロ楽器。
終始活躍する軍楽風な小太鼓は気分を高めさせ、そして何とも爽快なロッシーニクレッシェンドも味わえる、非常に口当たりなめらかな曲である。
かの名作映画「時計じかけのオレンジ」で使われた曲であり、実に意義深い巧妙な選曲に思う。

歌劇の序曲はコンサートピースとして広く親しまれているが、それ故に、その音楽の真の良さ・魅力、その音楽の本当の意図するところ、というのは、非常に難しいものだ。
1817年作曲の歌劇「泥棒かささぎ」の全幕の日本初演は2008年、去年のことである。
歌劇の公演は滅多に無い上、テレビCMやらBGMやらと使われるのでは、「真に音楽的」にすることが難しいのも、仕方ないかもしれない。
例えば、「テル」なんて僕はもう残念な事に、小学校の頃の掃除の時間の曲という刷り込みがなされてしまっている。
こういう社会の状況を「クラシック音楽の崩壊」と呼ぶか、「クラシック音楽の進むべき未来」と考えるか、それは人それぞれではあるが。
村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」の第1部の副題に「泥棒かささぎ編」とある。
その冒頭は、アバド・ロンドン響の「泥棒かささぎ」を聴きながら主人公がスパゲティを茹でるシーンである。
そこで主人公はこの曲を「スパゲティーをゆでるにはまずうってつけの音楽」としている。
まったく、村上春樹の音楽の着眼点・センスはさすがと言ったところだ。
僕としては、こういう深い話に言及するのはやはり難しいのだけれど、こんな一素人がこれからのクラシック音楽を心配してもしょうがないし、名曲・名演は「過去に」僕が一生かけても聴き尽くせない程ある訳で。
この10分程の美しい音楽に耳を傾けながらスパゲティを茹でるのも、そう悪くはないなと思っている。
やれやれ、結局僕の言論はいつも同じ所に戻って来てしまうのか。

シェア・ブログランキング参加のリンクです。いつも応援ありがとうございます。よろしければ、1クリック協力お願いします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ blogram投票ボタン 音楽ブログランキング

| ロッシーニ | 13:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。