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珠玉の名曲たち、クラシック音楽を楽しむブログ。クラシック音楽の楽曲をテーマに、短いエッセーを書いています。

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ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」:ノスタルジーを考える

ドヴォルザーク:「アメリカ」/スメタナ:「わが生涯より」ドヴォルザーク:「アメリカ」/スメタナ:「わが生涯より」
(2010/10/06)
プラハ弦楽四重奏団

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ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第12番 ヘ長調 作品96「アメリカ」

ドヴォルザークについて記事を書くのも久しぶりだが、最近別の所で「僕は西洋音楽の中に日本の、日本人の心のふるさとのようなものを見出すということに興味を持っている」といった内容の文章を書いたので、ここでその一例とも言える作品を紹介しよう。
まあ、そういった内容については、実はこのブログでは何度か取り上げている。ヴォーン=ウィリアムズの幻想的五重奏曲や、邦人作曲家のいくつかはそうだ。
これからも積極的に取り上げていって、考えを深めていきたいと思っている。
日本人がノスタルジーを感じるクラシック音楽として、アメリカ時代のドヴォルザークはその代表とも言える。
ドヴォルザークは1892年9月にニューヨーク・ナショナル音楽院の院長として渡米した。黒人霊歌やフォスターの歌曲に大いに影響を受け、交響曲第9番「新世界」を作り上げ、次に手がけたのがこの弦楽四重奏曲である。どちらもドヴォルザークを代表する作品であるし、アメリカから帰国する間際に書かれたチェロ協奏曲も人気の高い名曲だ。
新世界を書き終えたドヴォルザークは。アメリカでの最初の夏期休暇を、故郷ボヘミアからの移民が多いスピルヴィルという小さな町で過ごした。
ドヴォルザークのアシスタント兼秘書である、音楽院の学生ヨゼフ・ヤン・コヴァリックという人物の父親が、スピルヴィルで聖歌隊長をしており、彼の家に招かれたのであった。
コヴァリックの回想によると、「(ドヴォルザークは)同国人らの中にいるという実感が祖国を思い出させるとともに、故郷にいるような感覚にさえしたようだ」とあり、故郷の雰囲気を懐かしんでいたことがわかる。
ドヴォルザークはコヴァリック一家が演奏するために驚くべき速さで作曲し、1893年6月8日に着手してから6月23日にはもう完成させた。

1楽章、2楽章とも、五音音階が使われている。それが日本人にとっての親しみやすさの理由だが、単にそういった技法的な話だけをしても仕方ない。
やはり「望郷」というテーマがひとつ、そういった日本人の感じるノスタルジーに関わっていると思いたい。
ドヴォルザークはアメリカの音楽に刺激を受けながらも、やはりチェコ国民楽派を代表する作曲家と言うだけあって、故郷チェコへの思いも相当募っていた。
チェロ協奏曲作曲時などはもうホームシックが限界で、気持ちも身体もボロボロでアメリカを去るのだが、まだこの「アメリカ」四重奏曲の頃は精神的にも良好だった頃だろう。
そのあたりが音楽に反映されていると思われる。4楽章の浮くような心地よいリズムは本当に楽しい。ホームシック気味ではあったのかもしれないが、作曲背景と、そしてこの曲そのものから主に伝わるのは、異国で感じた「故郷の良さ、楽しさ、素晴らしさ」などのプラスな要素だ。
こういった望郷の念、ドヴォルザークの心が故郷ボヘミアを見ているような、そんな思いを音楽から感じるとき、僕はいっそう親しみを覚える。
西洋音楽の中に日本人の心のふるさとのようなものを見出してしまうくせがあるのだが、それは僕が「帰るべき場所」へと自然と赴いているようなものなのだろう。
この音楽には、日本人だからこそ感じうるノスタルジーが込められている。
それはドヴォルザークの選んだ手法がたまたまそうさせたという幸運と、そしてドヴォルザークの魂がそうさせたという必然性だ。

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| ドヴォルザーク | 20:22 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドヴォルザーク 交響詩「真昼の魔女」:ストーリー・テリング

ドヴォルザーク:交響詩全集ドヴォルザーク:交響詩全集
(2005/12/21)
グレゴル(ボフミル)

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ドヴォルザーク 交響詩「真昼の魔女」作品108

ヤナーチェクはドヴォルザークの交響詩を、彼の作品のうち最上のものと評した。
ドヴォルザークはの交響詩は全部で5つあり、それらは彼がアメリカからチェコに帰国したのちに作られた、最後期の作品である。
1893年の交響曲第9番「新世界より」で、また1895年のチェロ協奏曲で、彼は交響曲・協奏曲という形式の音楽を一応完結させたと見ることができるが、その後は国民楽派の大家スメタナの交響詩集「モルダウ」の影響もあってか、一層チェコらしい交響音楽を目指した。
その結果ドヴォルザークが生み出した交響詩は、1896年から翌97年にかけて5曲もあり、5曲中4曲はエルベンというチェコの詩人による民俗的バラード集「花束」というストーリー作品をテーマにしたものとなった。
彼が選んだこの「花束」は、チェコの子どもたちに読み継がれている民話集である。
最晩年のドヴォルザークの円熟した音楽が、エルベンという詩人の巧みな文体によって語られるチェコに根付いた民話集を、いっそう生き生きと描き出す、まことに素晴らしい作品群である。ヤナーチェクのお墨付きは本物だ。
この交響詩「真昼の魔女」は、もとの民話も短い話だからなのだが、5つの交響詩中で最も短い作品である。しかし、その巧みな音楽描写は簡潔ながらも心に響くものがある。

ヤナーチェクは交響詩の初演の指揮も担ったが、ヤナーチェクが最も絶賛したというのがこの「真昼の魔女」だという。僕もこの曲を最も気に入っている。ヤナーチェク大先生と同じ感想を抱けたということで、自分に自信を持っても良いのかもしれない。
まあ冗談はともかく、これはドヴォルザークの交響詩全体に言えることだが、ストーリーだけ追うと、かなり暗い。これがボヘミア流なのだろうか。
「真昼の魔女」も、最初楽しく遊んでいた子どもがむずかり出し、母親は子ども叱って、恐ろしい「真昼の魔女」を呼ぶと脅すのだが、すると本当に魔女が現れ、不気味な踊りを踊り、ついには子どもを殺してしまうという、えらく暗い話。
それぞれの描写の上手さもドヴォルザークの才だが、何より彼の卓越した音楽性が見出せるところは2点、むずかる子どもと叱る母親の描写に楽しさが満ちている点、そしてこの15分程の交響詩の半分近くがその楽しい描写で埋まっている点だ。
クラリネットによる子どもの主題とヴァイオリンによる母親の主題、またオーボエ、ティンパニ、様々な楽器がそれぞれの役を演じ、親子のやり取りの場面が目に浮かぶ。
その楽しさを十分に堪能すると、おどろおどろしく魔女は現れ、低音楽器による魔女の主題、魔女の踊り、悲劇的なクライマックスへと音楽は展開する。
バランスの良い楽器の使用、オーケストレーション、そして音楽によるストーリー・テリングの妙こそ、この曲が名曲たる所以である。
短い作品だが、練達したドヴォルザークの芸術の極みとも言えるだろう。

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| ドヴォルザーク | 18:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」:血のように赤い夕日が沈む

ドヴォルザーク:交響曲第8番&第9番「新世界」ドヴォルザーク:交響曲第8番&第9番「新世界」
(2007/09/05)
ドヴォルザーク、

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ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調「新世界より」 作品95

「新世界より」と言えば、誰もが知ってる4楽章、それと日本では「家路」として親しまれている2楽章、これらに表されるように、おそらくクラシック音楽を代表する作品と言えるだろう。
ドヴォルザークはチェコの作曲家であり、この作品にもチェコ音楽の影響は多分にある。
しかし「新世界より」という副題、また黒人霊歌の引用などから、アメリカの音楽とも取れる。
「新しいアメリカ音楽の基礎の創造」「アメリカへのチェコ系移民に対する激励」、様々な受け取り方ができるが、ドヴォルザークはニューヨークのナショナル音楽院の院長も務めており、アメリカの国民音楽のあり方について深く考えていたことは確かである。
彼もこの作品について、自身の今までの作品に比べ「アメリカより」であることは認めている。
スメタナと並びチェコ国民楽派と称されるドヴォルザークだが、この作品からは、移民達への国民的愛情だけでなく、アメリカの音楽的展望に対する強い思いが感じられる。

黒人霊歌の影響が大きいソナタ形式の第1楽章に続き、非常に美しく、親しみやすい旋律の第2楽章、ベートーヴェンの第九を思わせるような始まりが印象的な第3楽章スケルツォ、そしてあまりにも有名な第4楽章、情熱的な旋律が響き渡り、曲の最後はストコフスキーによって「新大陸に血のように赤い夕日が沈む」と評される、創意あふれる絶品のコーダである。
4楽章がこれほど有名になるには、何か理由があるのだろう。
「新世界交響楽」と宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に出てくるが(ちなみにこの表現は宮沢研究の1テーマにもなっている)、これは1934年出版、かなり早くから親しまれていた曲である。
最も有名な4楽章の第1主題、力強さや情熱・興奮を感じる旋律であると同時に、どこか切ない、哀愁のようなものも感じる。
また、第8交響曲「イギリス」の1楽章とシンクロするようなクラリネット・ソロからの第2主題も心に染み渡る旋律だ。
僕個人としては、この曲は誰がなんと言おうと「格好良い」。ここに異論は認めない。
こういう格好いい曲は、格好良さの帝王(?)であるカラヤンなんかが振るのが最高に似合う曲だと思う。
旋律の美しさと親しみやすさに加え、この曲の持つ西洋音楽・オーケストラの抜群な「格好良さ」が、日本における長年の認知度の高さの理由ではあるまいか。

ちなみに、所謂「シンバルが1音しか出てこなくてシンバル奏者はヴァイオリン奏者と同じギャラで云々…」というのはこの曲でもある。
だがこのシンバル・ソロは非常に重要(かもしれない)音で、新大陸を走り抜ける列車の連結音だの何だの、という深い解釈もある(実際ドヴォルザークは鉄道オタクだった)。

「この国の未来の音楽は、黒人達の歌を基礎として築かれるべきである」とドヴォルザークは語った。
現代アメリカの音楽界は、ブラック・ミュージック無しでは考えられない。
間違いなく彼は偉大な作曲家の1人である。

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