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珠玉の名曲たち、クラシック音楽を楽しむブログ。クラシック音楽の楽曲をテーマに、短いエッセーを書いています。

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 ポルカ「雷鳴と電光」:轟が生む麗しき美

雷鳴と電光 / シュトラウス・ポルカ・マーチ集雷鳴と電光 / シュトラウス・ポルカ・マーチ集
(1994/04/22)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 ポルカ「雷鳴と電光」作品324

「雷鳴と電光」や「雷鳴と稲妻」(原題はUnter Donner und Blitz)などと呼ばれる、これまた有名なシュトラウスⅡ世のポルカ。おそらくシュトラウスⅡ世のポルカの中で一番賑やかでやかましい曲ではないか。「爆発ポルカ」とかそういうイレギュラーなものを除けば。
大太鼓の連打が雷鳴を、シンバルが光る稲妻を表していると言われる。もとはシュトラウスⅡ世が、1867年のパリ万博で、当時の最新鋭の大砲を見たことが、作曲のきっかけになったとのことだ。大砲の咆哮を聴いて思いついた音楽ということを考えると、もともと大砲の轟音と火花のイメージもあったのかもしれない。
初演はドナウ川のほとりにある舞踏会場ディアナザール。ここでは多くのシュトラウス・ファミリーの作品が初演されている。「雷鳴と電光」は、ディアナザールで活動していた芸術家たちのグループ、「宵の明星」の舞踏会のために作曲された。
「宵の明星」のための曲だったため、はじめはポルカ「流星」という名の曲として作曲に取り組んだという。そうすると、今度は星の流れる様子もイメージとしてあったのではないかと考えられる。
こういう想像をするのはきりがないし、またそこが楽しいところでもある。自分なりのイメージを持って音楽を聴く楽しさは、音楽を聴くことの醍醐味だと思う。
僕はこの曲にどういうイメージを持っているかというと、もちろん雷!と言いたいところだが、実は明確に雷の音楽だと思って聴くことはあまりない。
むしろベートーヴェンの田園交響曲や、ヴィヴァルディの四季の「夏」などの方が、自然描写としての雷をイメージして聴く。
この曲では、シュトラウス音楽らしいノリの良さや、ウィーン音楽の軽妙かつ高貴な楽しさを重んじて聴いている。これは、多くの変わった標題を持つシュトラウス・ファミリーの音楽がある一方で、これらを標題以上に特徴づける音楽性の存在を示唆するし、特にこの曲はそういう意味で、あらゆるシュトラウスのポルカの代表格のような音楽だと思う。

「雷鳴と電光」という有名な標題のおかげで、この曲が示しているものは非常にクリアーなように思われるのだが、それ以上に、この曲が名曲たる所以は、シュトラウスのメロディーメーカーとしての才能や楽器の使用の妙が、上手く発揮されているところにあると言える。
序奏の後の第一主題、アウフタクトがあってスラーのある2音の繰り返し、続いて付点のはっきりしたリズム、この対比だけでも巧みなものだ。トランペットやピッコロの音色もよく響いて活かされている。
また、管弦楽版だけでなく、ピアノ版を聴いてみていただきたい。この曲のオーケストレーションの大きな特徴である、大活躍する打楽器群が、すべて取り除かれた状態の「雷鳴と電光」では、シンプルな構成の主題の、旋律としての美しさをストレートに理解できるだろう。トリオも含めて、本当に美しいのだ。
このまことに良く出来た主題が、オーケストラでは雷鳴と電光の轟々たる状況という要因によって、その伸びやかさ・しなやかさが、メロディーの麗しさが、いっそう引き立つ。
舞踏会という場に相応しい、ある程度の気品と、ある程度のラフさを持った音楽。モーツァルトの交響曲第25番のところで、疾風怒濤の中にもにじみ出る高貴さについて書いたが、同じようなことだ。
シュトラウスⅡ世の音楽の気品は、モーツァルトのような神がかりな高貴さとは全く別ではあると思いう。しかし、この曲の美しさは、まさしくウィーンの粋、ウィーン風ポルカの魅力そのものであり、それがまた“雷鳴”と“電光”によってひときわ際立つように作られている。
また、これは少し妄言かもしれないが、僕はこの曲に、騒々しいようで、そこに切れ味の鋭い美を見るのだ。言うなればそれは日本刀の美しさのごとく、平原で人を断つ戦を内包した造形としての美。華麗なる剣の舞、そこにポルカが流れる……なんてものまでイメージが暴走してしまう。
こうしたことは美学における一つの真理ではないのか。野獣がいて、美女はさらに美しくなるのだ。僕にはここにシュトラウスのポルカの、愉快さと芸術性の極致があるようにすら思われる。

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| ヨハン・シュトラウスⅡ世 | 19:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 トリッチ・トラッチ・ポルカ:おばさん観

ニューイヤー・コンサート2012ニューイヤー・コンサート2012
(2012/01/25)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ヤンソンス(マリス)

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214

このブログは同じ作曲家を何度取り上げているかで、僕の好きな作曲家が誰かというのがある程度計れるのだが、4度目の登場となるヨハン・シュトラウスⅡ世は、やはり僕のお気に入りの作曲家なのだ。
そして、シュトラウスⅡ世は、短くて楽しい曲を数多く残している。紹介したい曲がたくさんあるのも不思議ではないはずだ。
ふとクラシック関係の本を読んでいる時に、この曲について「シュトラウスのおばさん観」という言葉が現れ、思わず笑ってしまった。
「おばさん観」なんていう言葉は初めて見た。しかし確かに「おばさん」は観察対象としては興味深いものだ。
それは普通芸術にならないと思うのだが、そんなどうでもよさそうなものまで、素敵な音楽としてクリエイトしたシュトラウスⅡ世はもっと素敵ではないか。
とかく日本人は「大阪のおばちゃん」をネタにすることが多いが、まあ大阪の特殊性はともかく、おばちゃんの性質というのは、やはり洋の東西を問わず普遍的な芸術性を持っているのだ。いや冗談だが。
この「トリッチ・トラッチ・ポルカ」は、非常に有名な曲で、日本では運動会の音楽というイメージであろう。
「トリッチ・トラッチ」(Tritsch-Tratsch)というドイツ語は、「ぺちゃくちゃ」、「うわさ話」、「(女の)おしゃべり」というような意味。
子どものかけっこにぴったりな音楽は、実はおばちゃんたちのおしゃべりだというのだから面白い。運動会に来ている保護者のことを上手く表現している、とでも言おうか。

オーストリアの役者で喜劇作家ネストロイによる同名の喜劇“Der Tritsch-tratsch”とかけたという説もあるが、真相は不明。
シュトラウスⅡ世の最初の妻が飼っていたプードルも「トリッチ・トラッチ」という名であった。よく吠えたのだろう。
音楽はシュトラウスらしい軽快なポルカ。いつ聴いても楽しいものだ。
第一主題の、2音ずつ進む旋律で、オクターブ下の合いの手が実に小気味良い。これは音楽的には良くできた相槌だろう。本当に話を聞いているのかもあやしいが、テンポよく話が進むのはおばちゃんたちの立ち話。洗濯の合間、買い物途中、短い時間に内容たっぷり。
クープランも同じような趣旨の曲(おしゃべり、美しいおしゃべり女)がある。パリもウィーンも、こういうのは万国共通なのだろう。
シュトラウスのおばさん観、これはシュトラウス自身のおばさん観でもあり、そして彼が見た「男から見たおばさんの印象」という普遍的なテーマでもある。
ゴシップばっかり、小うるさいし、ちょっと下品だなあ、という皮肉も込めつつ、まあまあ楽しげで結構なことで、と楽しそうに話す女たちを横目に書いたものか。
なぜ「おばさん」と決め付けるのか! そう言われると苦しいが、シュトラウスのポルカ「おしゃべりなかわいい口」という曲と聞き比べてみるのも良いかもしれない。おしゃべりにしても、おばさんと、若い女性とでは、かわいさという点で違うのではないか? まあ、あまり言うと失礼なことを書くかもしれないから、このあたりにしておこう。
そういえば、この曲のスコアの表紙には、井戸端会議中のおばさんたちが描かれているので、見てみて欲しい。
ちなみに歌もある。ウィーン少年合唱団の十八番でもあり、今年のニューイヤー・コンサートでも演奏されたのは記憶に新しい。
聴いていて単純に楽しい。楽しく愉快な女のおしゃべり。彼女らの機嫌が良いのは、男にとっても厄介がなくて一番だ。

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| ヨハン・シュトラウスⅡ世 | 06:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 バレエ音楽「卒業記念舞踏会」:シャル・ウィ・ダンス?

J.シュトラウスII:卒業記念舞踏会J.シュトラウスII:卒業記念舞踏会
(2007/05/16)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ドラティ(アンタル)

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ヨハン・シュトラウスⅡ世/ドラティ編 バレエ音楽「卒業記念舞踏会」

卒業シーズンにぴったりなこの曲は、ヨハン・シュトラウスの曲をハンガリーの指揮者アンタル・ドラティが編曲したものだ。
バレエの初演は1940年、当時プリンシパル・ダンサーであったダヴィッド・リシーンが振付を担当した。
舞台はウィーンの女子校、広間で行われる卒業記念舞踏会の様子が描かれる。
女の園の舞踏会に招待されたのは、将軍と士官、そして士官候補生。
彼らを迎えるのは女校長と女子校生たち。祝賀的な雰囲気の中、そこでは当然、淡い青春の恋模様が繰り広げられる。

シュトラウス・ファミリーの音楽は、新年を祝う音楽として定着しているが、これは歴としたバレエのための舞踏音楽である。
いつも聴いて楽しんでいるウィンナ・ワルツは、本来踊るためのワルツだということを我々に思い出させてくれるし、うきうきと心躍るポルカは、芸術音楽としても舞踏音楽としても非常に優れているということを気付かせてくれる。
様々なシュトラウスの音楽が用いられたバレエであり、「あ、この曲がこの場面で使われるのか!」とシュトラウス・ファンはにやけてしまうに違いない。
「ライバルのバレリーナ」でポルカ「狩り」が使われるところなんかも面白いし、きちんと“締まりのある”常動曲が聴けるのも面白い。
淡い青春の恋模様だけではない。生徒に混じって、女校長と将軍の魅せる艶っぽいマズルカも忘れずに堪能しよう。
「卒業」というのは特別なもので、いずれ美しい思い出の1ページとなるのでしょう。
憧れのあの人の手を取って踊れた人も、そんな勇気はなかったという人も、皆様ご卒業おめでとうございます!

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| ヨハン・シュトラウスⅡ世 | 19:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 ワルツ「春の声」:春ってなあに

春の声~シュトラウス・コンサート春の声~シュトラウス・コンサート
(2003/06/25)
ボスコフスキー(ヴィリー)

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 ワルツ「春の声」作品410

数あるウィンナーワルツの中で、抜群の知名度と美しさを誇るのが、このワルツ「春の声」だ。
「ファ、ミファソ、ドレミ♭、ラシ♭ド、ファ」という序奏を聴けば、誰でも「ああ、知ってる」と思うはず。
ビアンカ・ビアンキというコロラトゥーラ・ソプラノ歌手のために書かれた曲で、元は声楽ワルツである。
その後ピアノ編曲版が出され、今は管弦楽版が一般的だ。
ちなみにコロラトゥーラ・ソプラノとは、「魔笛」の「夜の女王のアリア」で有名な、あの華やかで装飾の多い、高度な演奏技術を要するソプラノのことである。
歌詞は脚本家ギュネーという人のものだが、春が来た喜びを歌う、至って普通の歌詞である。
形式も声楽ワルツであるが故、比較的自由である。
「旋律を聴かせて魅せる」タイプの歌であり、この旋律の美しさ、親しみやすさこそ、名曲の由縁だろう。

ウィーンの宮廷歌劇場で初演されたのが1883年2月だが、この頃のシュトラウスⅡ世は、なんとも忙しい。
1878年、妻ヘンリエッテが病死。その翌月、2番目の妻アンゲリカと再婚(早い!)。
しかし関係は長く続かず、1882年には離婚、別れるやいなや、後の3番目の妻アデーレと同居。
このアデーレという人は、結婚してからシュトラウスⅡ世が亡くなった後も、実によくシュトラウス・ファミリーに尽くしたそうである。
こんなことを知ってこの曲を聴くと、「春の声」なんて、ウィーンに春が来たのやらシュトラウスに春が来たのやら、ちょっと考えてしまう。
もちろんこういった解釈が正しいとは一概には言えないし、諸説ある。
だが、これ程までに華やかに飾られた、心も体も弾み、うきうきするような美しいワルツに、「春(Frühling)」などと冠されたら、つい勘ぐりたくなるものだ。

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| ヨハン・シュトラウスⅡ世 | 19:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヨハン・シュトラウスⅡ世 ワルツ「美しく青きドナウ」:軽音楽クラシック

小澤&ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート 2002小澤&ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート 2002
(2002/01/19)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 小澤征爾小澤征爾

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言わずとしれたシュトラウスⅡ世の名曲で、誰もがテレビなどで必ず1度は耳にしたことのある曲だろう。
あまりにも有名なメインのフレーズは、よく耳を傾けると、管・弦・打楽器の重なりが実に見事なのがわかる。
合唱版もあり、ウィーン少年合唱団などがたまに歌う。しかし専ら管弦楽版のほうが演奏される。
普墺戦争で大敗したウィーン市民を励ますような歌詞で、オーストリア第2の国歌などと言われるが、まあそこまで戦争でどうのこうのという感じではなくて、単にウィーンの、というよりドナウの美しさを讃えているように感じる。
その辺の軽さがシュトラウスファミリーの魅力である。

背景はこんな風にあるものの、何も考えずにただ心地よく聴けば良いのではないかと思う。
軽音楽というのはシュトラウスファミリーのためにあるのではないかと思う程だ。
今のいわゆる軽音楽は、基本的に強い思いを込めるものが多いのだろうが、シュトラウスの方がよっぽど軽い。
ブラームスやワーグナーも、シュトラウスの軽音楽の才能を褒め、羨んだりしたそうだ。
クラシック音楽という文化の中で、通俗的な美しさを求めたシュトラウスやフォスターらはまったく尊敬に値する。
彼がいなかったら、クラシック音楽はもっと専門家達だけの世界になっていただろう。
ちなみにこの曲は、ニューイヤーコンサートのアンコールとして定番で、序奏が始まると、聴衆は拍手でそれをさえぎる。
すると指揮者や楽団員の挨拶がはじまり、それが終わると再び序奏から演奏されるのだ。
こういったウィーン音楽文化の中でこの曲を聴くのも素敵なことだ。
まあでもニューイヤーのチケットなんかそうそう取れないので、簡単なのとしては、お茶でもしながら部屋で聴くのが1番かもしれない。
真夏にクーラーのきいた部屋でウィーンフィルのニューイヤーのCDを聴くのもまた乙なものである。

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| ヨハン・シュトラウスⅡ世 | 15:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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