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珠玉の名曲たち、クラシック音楽を楽しむブログ。クラシック音楽の楽曲をテーマに、短いエッセーを書いています。

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ラヴェル ボレロ:素人から玄人まで

Bolero (Hybr) (Ms)Bolero (Hybr) (Ms)
(2004/09/14)
不明

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ラヴェル ボレロ

有名なのは言うまでもないが、この曲は特に「クラシックって何をどう聴けばいいかわからない」という人にとって、とてもシンプルな答えを出すことができる曲だと思う。
つまり「メロディーを演奏している楽器を聴く」という、クラシックも含め多くの音楽の基本的な聴き方をもっていして、十分に楽しめるということだ。
バンドならまずヴォーカルのメロディーを聴き歌詞を聴き、ジャズでもなんでもフロントでソロをプレイする人の格好良さを見ていればいいだろうし、慣れてきたらギターのカッティングの格好良さに注目したり、ベースとドラムの絶妙なやり取りに耳を傾けたりすればよい。
クラシックはそういう点で少しわかりにくいところがある。特にオーケストラはそうだ。あれだけたくさんの楽器があって一体何を聴けばいいのか。そもそもメロディーってどれだ。ポップ・ミュージックに比べてわかりにくいのはこのあたりだと思う。
しかし、ボレロはわかりやすい。メロディーがすぐにわかる。1つか2つのメロディーだけ、それを色々な楽器が代わる代わる演奏する。その音色の違いを楽しめばいいのだ。
ジャズで言うところの、先頭に立ってソロを吹くトランペットやサックスに魅入るがごとく、木管楽器やサクソフォン、トロンボーンのソロを楽しめばいい。上手い!と思ったソロには、心のなかで拍手をしよう。
メロディーを演奏する楽器は、重なりあい、和音を作り、雰囲気も変わるし盛り上がりも出てくる。オーケストラの魅力である数多くの楽器の音色の重なりと、ポップスでは聞き慣れないような和声的な重なりを楽しむことができる。
わかりやすさと言えば、一貫したリズムとダイナミクスの増加。徐々に徐々に盛り上がり、クライマックスには爆発する音量の力を感じることができる。
クラシック初心者には心のそこからオススメしたい作品。

入門編トークはここらへんにして、マニアック路線に入ろうと思うが、やはり話題はこの曲の楽しみ方についてだ。
1928年にバレエ音楽として作曲されて以来、バレエはもとより、オーケストラのレパートリーとして、また様々に編曲されて、多くの音楽ファンに愛されてきたが、ここではやはりオーケストラピースとしてのボレロについて語りたい。
僕は打楽器をやるから少しわかるのだが、このスネアの緊張感は凄まじい。開始直後などは特にそうだが、その緊張の持続がまたこの作品の魅力だ。
と、思っていたが、何もこの曲に緊張感だけを求めることもない気がしてきた。アンセルメ/スイス・ロマンド管のような、ある意味グダグダの演奏にも、それはそれで新しいボレロを見た気がしたのだ。
とかく舞踏音楽は、そのリズムの厳密性を問われる。しかし、バレエに用いるならそれは当然だが、バレエ組曲などをコンサートピースとして取り上げるなら、ダンサブルかどうかではない、新しい表現を追求しても良いものではないだろうか。
一糸乱れぬボレロが名演であることには違いない。マルティノン/シカゴ響やハイティンク/ボストン響などはそういう美しさがあるし、クリュイタンスの表現するフランスの美も見事なものだ。
別に下手な方がいいなんて決して言わないし、アンセルメのヘタウマ系がボレロの真骨頂だなんて口が裂けても言えないけど、これほど特殊な構成の音楽だとしても、安定したリズムだけが素晴らしいとは思えない。
不自然なテンポ設定やテンポの揺れもあるが、それが自然に感じることができたら、それもまた一興として、無限に楽しみを追求できる音楽。ボレロが名曲たる所以は、シンプルさとこの懐の深さだろう。

余談だが、あるプロオケを聴きに行った際、演目にボレロがあった。奏者の名誉のためにオケ名を伏せているけれども、そのトロンボーン奏者が、かなり危ない橋を渡るようなソロだった。本当に危なかった。なんとか渡りきって、聴衆も「ほっ」としたのだ。
そのときに彼に送られた、団員からの、聴衆からの拍手は、ブラボーとは違う意味の、あたたかみのあるものだった。いつもこんな音楽では困ってしまうが、こういうのもまた音楽の愉快な一場面である。

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| ラヴェル | 19:48 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ラヴェル 組曲「クープランの墓」:親愛なるフランス

ラヴェル:ピアノ名曲集 1ラヴェル:ピアノ名曲集 1
(2010/10/20)
フランソワ(サンソン)

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ラヴェル 組曲「クープランの墓」

日本人の耳にとってこの曲の響きは「フランス音楽の標準」のようなものかもしれない。
この曲をきっかけとしてフランスの響きに魅了されたという人も多いのではないか。
それは原曲のピアノ版でも、オーケストラ編曲でも同様に感じる。
ラヴェルがピアノのための組曲の作曲に取り掛かったのが1914年、第一次世界大戦の影響を大きく受けることとなった作品だ。
フランス・バロックの巨匠フランソワ・クープランを偲んで、やや擬古典的なバロック音楽讃・クラヴサン音楽讃の作品として作曲をしていたが、大戦勃発の影響でラヴェルは野戦病院勤めを志願する。
愛国心の強さが窺えるエピソードだが、ここで作曲は中断してしまう。病気で戦争から離れ、再び市民生活に復帰すると、ラヴェルはこの作品を、戦争で失った仲間たちへの追悼の曲とすることを目指すのであった。
「前奏曲」、「フーガ」、「フォルラーヌ」、「リゴドン」、「メヌエット」、「トッカータ」の6曲それぞれに、友人たちの名を記して、1919年にピアノ組曲が発表された。
個人への追悼曲(トンボー, Tombeau)というのはバロックの伝統であり、クープランの墓(原題 Tombeau de Couperin)という翻訳は少々語弊があるかもしれない。もちろんトンボーは墓という意味もあるのだけれど。
オーケストラ編曲も自身の手によってなされ、こちらは「前奏曲」、「フォルラーヌ」、「メヌエット」、「リゴドン」の4曲構成である。舞曲中心なのは、それこそバロック風の組曲を思わせる。
これはラヴェルなりのクープランへの讃歌であり、フランス・バロックへの讃歌であり、そして何よりフランスのために戦死した友人たちへの讃歌でもあるのだ。

非常に人気のある曲だし、僕も好きな曲の一つである。
傑作には間違いないのだろうが、この曲をいわゆるラヴェルの芸術として最高傑作として挙げられるのかという事については、ちょっとあやしい。
自分の好きな曲と、名曲・傑作というのはまた別の問題である。駄作と言われようが好きなものは好きだし、名曲でも大して好きじゃない曲があったっていいだろう。
クラヴサン・チックな装飾音が印象的な「前奏曲」、大胆さと優美さがオケ編で聴くと尚楽しい「リゴドン」、そして圧巻のピアノ・テクニックで魅せる「トッカータ」、僕の特に好きな曲・版はこれらである。もしオケ編しか聴いたことがないという人がいたら、このトッカータだけでもぜひ聴いてほしい。
どれも素晴らしいのだが、何が引っ掛かるのかというと、どの曲も魂を揺さぶるような感じがしないのだ。他のラヴェルの作品で何度も魂を揺さぶられているにもかかわらず!
それはなぜか?ラヴェルのピアノ作品の集大成などとも呼ばれるほどの作品で?
はっきりはわからないが、自分なりに考えるところがなくもない。
この曲は軽いのか重いのかわからない。クープランへの愛、バロックへの讃歌、愛国心、友人への追悼……宮廷で「では一曲」と楽しむ音楽として聴くような気持ちでいると少し気味が悪いし、ぐっと構えて聴くとあっけない。
これはラヴェルの、愛する国、愛する音楽、愛する友人たちへの個人的な手紙のようなもので、なんだか部外者の僕なんかが見てはいけなかったものなんじゃないかって思えてくる。
そう、だからこそ僕たちは、この作品から、めいっぱいの、それこそ「フランス音楽の標準」とさえ受け取れるほどのフランスの響きを感じるのではないだろうか。
フランスの音楽に敬意を払い、愛国心を持って演奏する音楽家たちの演奏を聴き、そんなことを思うのである。

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| ラヴェル | 19:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲:陰に隠れた最高峰

ラヴェル:ピアノ協奏曲ラヴェル:ピアノ協奏曲
(2006/04/12)
ロジェ(パスカル)

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ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲

誰かがそう言っているのを聞いたことがないが、僕はこの「左手のための協奏曲」を、ラヴェルの最高峰として挙げたい。
1931年、戦争で右手を失ったピアニスト、ウィトゲンシュタイン(哲学者ウィトゲンシュタインの兄)の委嘱作品であり、以降左手のピアニストたちの重要なレパートリーとなっている。
ラヴェルのピアノ協奏曲というと、もう1つ、あの冒頭のインパクトが強烈ないわゆる「両手」があるが、そちらは3楽章構成であり、「片手」は単一楽章の約20分程の曲である。
コントラバスとコントラファゴットの蠢きから始まり、徐々に盛り上がって来たところで、ピアノのカデンツァが堂々と登場する。
左手だけとは思えない、美しい多声の音楽と超絶技巧が展開されると、今度はジャズの要素あふれる主題、可憐な東洋風の主題、と移り変わり、再びピアノの繊細なカデンツァになる。
胸に染みいる主題と、圧巻のピアノのカデンツァが、この曲の最高の魅力だ。

左手だけで鍵盤の端から端まで縦横無尽に駆ける様子は、ダイナミックで目が離せない。
目でも魅せるラヴェルの素敵な演出が味わえる。
それでいて、目を閉じれば、左手だけとは思えないようなピアノ。
一体目を見開いていればいいのか、それとも閉じていたらいいのだろうか。
また、当然だが、これは両手でも弾ける。それはそれで表現の幅に広がりが出るだろう。
だが、左手だけでしかなしえない表現というのも、もちろんあるだろう。
そこのところ、実に奥深い作品である。
さらに、晩年のラヴェルの卓越したオーケストレーションと、ラヴェルの作品の中でも抜群に色濃く感じられる精神性が、自然に調和しているのが、この「左手のための協奏曲」に思う。
ラヴェルの作品は、僕も大好きなのだけれど、どうしてもドビュッシーより好きになれないのは、主題や管弦楽法が、ドビュッシーやフォーレよりも深い意図を感じられないからだ(但しラ・ヴァルスは別格)。
もちろん、それらは非常に素晴らしいものだし、聴く分には楽しいのだけれどね。
その点、この「左手」は、ラヴェルの緊迫した精神性が恐ろしいほど感じられる曲だ。
「オーケストレーションの天才」の才能が、最も活かされているといったところである。

ライヴを聴いたときは、自然と目が釘づけになったり、閉じたりした。あれは幸せな時間だった。

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| ラヴェル | 08:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ラヴェル ラ・ヴァルス:ワルツと、ワルツを踊る者

ボレロ(ラヴェル管弦楽曲全集 第1集)ボレロ(ラヴェル管弦楽曲全集 第1集)
(1998/12/09)
パリ管弦楽団

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ラヴェル ラ・ヴァルス

題名はそのまんま、ワルツということだが、単純なだけに含蓄あるように思える。
なんとも恐ろしい中毒性、いったいこの曲は何を支えに動いているのか。
ウィンナー・ワルツへの憧憬に戦争という要素が入り交じり、一見グロテスクなワルツである。
揺れるテンポ、不安感、かみ合うかかみ合わないか、ギリギリのところで鳴る音楽。
華麗なワルツが現れたり消えたり、最後には「崩壊」に向かう音楽。
しかしそこにラヴェルの持ち味である、絶妙な遊び心、美しいフランスの響きを生かすオーケストレーション。
ラヴェルの良さが全て、ある意味で「黒い」部分まで見えるような、そんな曲である。

この曲を聴いて思うことは、非常に人間くさいということだ。
印象派に分類されることの多いラヴェルだが、ドビュッシーと異なるのは、ラヴェルの方がやや古典的であるのと、ドビュッシーがより描写的であるのに対し、ラヴェルはその音楽に「人間らしさ」があるという点である。
ラヴェルの色んな曲を聴いても、やはり彼の生み出すメロディや構成から、音楽の中で人間が生きているような感じがわかる。
「ラ・ヴァルス」には、どこか俗っぽいワルツが度々現れる。
チャイコフスキーのバレエのような、でもディズニー映画のような…
そこに人間くささがあり、ワルツがワルツとして存在する意味のひとつが表されているように思う。
ワルツを踊ること、それは幸福であろうし、享楽である。
しかしこのワルツは、もっと言えば、この曲の中で踊っている人々は、自ら踊っているのか、それとも踊らなければならないような状況なのか。
揺れては立て直し、何度も崩壊しそうになっても、ワルツを踊る人々。不安げに、少し異常な感じ。
それはラヴェルの感じていた精神的な不安や恐怖、そして異常である。
その異常は「ボレロ」「古風なメヌエット」でも感じられる。
ラヴェルの最も黒く、それゆえに人々を惹きつける部分である。
「ラ・ヴァルス」は人間的な黒さと、ワルツという舞踏の持つ華麗さを併せ持った、恐ろしく「魅力的」な作品だ。

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| ラヴェル | 17:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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