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クラウス 交響曲 ハ短調「葬送交響曲」:短調、革新、疾風怒濤

クラウス:交響曲集 第3集クラウス:交響曲集 第3集
(2000/11/01)
スンドクヴィスト

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クラウス 交響曲 ハ短調 VB148「葬送交響曲」

ヨーゼフ・マルティン・クラウスは(1756年-1792年)はドイツ生まれでスウェーデンに渡った作曲家。年代的にはモーツァルトと同い年であり、ハイドンとも交流があった古典派の作曲家である。
「スウェーデンのモーツァルト」という異名を持つ。まあこういう呼び方は良い面も悪い面もあって、モーツァルトと同時代を生きた「かのモーツァルトのごとき偉大な作曲家」という意味で用いられて、愛称として広まることで作品自体も広まるという点は良い点である。
しかし、そもそもクラウスはスウェーデン人ではないし、うっかり「モーツァルト風の作曲家」とかシベリウスやグリーグなどのような「北欧の国民色の強い作曲家」などと捉えてしまいがちなのはあまりよろしくない点と言える。そう思って期待して聴いて、思ってたのと違ってガッカリ、なんてこともあるかもしれない。
あくまで、これはスウェーデンでの、クラウスの人気の高さや敬愛されていることを示すものだ。
12才まではマンハイムの学校で学び、そこでドイツ語やラテン語の文学に触れる。またヴァイオリンを習い、それを通して宗教音楽に触れることにもなる。
大学ではマンハイムを離れ、マインツやエアフルトなどの大学で哲学や法学の勉強をしようと決心する。そして、ゲッティンゲン大学で出会ったシュトゥルム・ウント・ドラング運動の学生団体「ゲッティンゲンの森の結社」と出会う。この出会いが、彼の芸術人生に大きな影響を与えることになる。
シュトゥルム・ウント・ドラング、すなわち疾風怒濤の時代がクラウスの音楽に与えた特記すべきものは大きく2つ、「革新」と「短調」であると言えるだろう。
そして、クラウスの最高傑作とも言えるこの「葬送交響曲」は、クラウスの人生の総決算とでも言えるような作品。クラウスの音楽とは切っても切れない関係にある、スウェーデンの王グスタフ3世の死を受けて書いた、彼ための葬送音楽である。
クラウスの最晩年の作品であり、これを作って間もなく、彼もまた追うようにこの世を後にした。

グスタフ3世の元で音楽をする機会を与えられたクラウスは(この頃は宮廷などでお抱えの音楽家になることが、職業人としての音楽家のスタンダードな道だった)スウェーデンへ赴く。王が考案したオペラの作曲を依頼されたのだ。その成功もあって、クラウスは劇場音楽の作曲家としても高い地位を得る。
王のお気に入りという立場から、古いスウェーデンの音楽界に旋風を巻き起こしたクラウスは、スウェーデンの音楽発展に貢献した。そして、グスタフ3世とともにヨーロッパ各地を周り、多くの音楽家と交流する機会をも得たのだ。
そんな芸術の大恩人であるグスタフ3世の死、しかも暗殺による死にあたって書かれたこのハ短調の交響曲は、その調性からもわかるように、クラウスの感情が直球で表現されている。
4楽章構成だが、編成は一般的な交響曲の編成ではなく、フルートなしのホルンは4本。消沈気味の音色を作ろうとしたクラウスの革新性が見られる。
モーツァルトの交響曲第25番でも書いたが、この時代の「短調」は珍しい。短調の作品の多いクラウスは、むしろ本家モーツァルト以上に巧みに、音楽表現の武器として「短調」を用いていたのではないだろうか。
1楽章は冒頭からティンパニが活躍。荘厳な雰囲気を醸し出す。2楽章もまたそれを受けて、悲しみの込められたラルゲットが展開される。
3楽章はコラール。教会の伝統である。王の葬送音楽には必要不可欠であろう。
4楽章は伝統的なスウェーデンの賛美歌の様式に習って作られている。後半にはフーガもあり、基本的には古典派の伝統・教会の伝統に則りつつも、ホルンによるやや長めのソロがあったりと、伝統を打ち壊すようなスタイルも見られる。そして最後は1楽章の冒頭と同様、ティンパニのソロが導く後奏。まるで循環形式だ。このあたりは聴いていて実に面白い。
例えばこういうことがロマン派ならば普通なのだろうが、これがベートーヴェンよりも早くあったということを考えると驚きである。
シュトゥルム・ウント・ドラングは、簡単に言うと、当時の伝統的な古典に対抗して、もっと自由に感情を表出・表現するという芸術運動だろう。これは文学ではロマンティシズムへと繋がって行った。
クラウスは作家や学者としても活躍し、シュトゥルム・ウント・ドラングの音楽に関する著作も残しているという。彼の音楽は、シュトゥルム・ウント・ドラングの色濃い影響によって、音楽史では非常に早くロマン派音楽へと足を踏み入れた作曲家のようだ。
多くの作品で意義深く用いたこの「短調」という武器を使って、個性的なスタイルで古典派音楽の「革新」を行ったクラウス。彼の音楽性はこの曲ですべて明らかになると言っても過言ではないだろう。

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