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珠玉の名曲たち、クラシック音楽を楽しむブログ。クラシック音楽の楽曲をテーマに、短いエッセーを書いています。

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尾崎宗吉 夜の歌:声無き者の声

夜の歌 尾崎宗吉作品集成夜の歌 尾崎宗吉作品集成
(2011/11/07)
モルゴーア・クァルテット、荒井英治(vn) 他

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尾崎宗吉 夜の歌

戦争をテーマにしたクラシックの作品は数多くある。チャイコフスキーの1812年やショスタコーヴィチのレニングラードなどはそうだし、反戦主義者のブリテンの作品『戦争レクイエム』は、3年以上前になるがこのブログで取り上げた。
僕は「音楽そのものに」戦時中の負のイメージや責任を追わせることには反対だが(似たような話題はレスピーギのローマ三部作で語った)、「ある特定の音楽で」反戦を訴えるクラシック作品は実に意義深いものだと思うし、僕もいずれ大木正夫の交響曲第5番「ヒロシマ」やカンタータ「人間をかえせ」について記事を書きたいと思っている。
そうした「反戦」の音楽、あるいは時代的なプロパガンダとして用いられたソビエトの音楽、それらとはやや違った趣向のものを、今回は取り上げたい。
尾崎宗吉は1915年生まれの日本の作曲家。諸井三郎に師事しいくつか作品を発表するが、1939年に応召を受け戦線へ。1942年に一旦帰還するも、翌年には再び戦線に派遣され、1945年中国で戦病死した。
戦争が一人の若き天才の命を奪ったというエピソードもセンチメンタルなものだが、この作品が重要である理由・この作品を取り上げた理由は、この曲は尾崎が一時帰国した際に作られたから、ということである。
「夜の歌」はヴァイオリンとチェロのための作品。5分もない短い曲だが、尾崎が戦時中に一時帰宅した際の心情がありのままに表現されている。つまりは悲嘆であり、絶望であり、諦観である。
ときに芸術家は、戦争で失われた声無き者の声を再構成し、独自に表現し、それを伝える役割を担うものだが、尾崎のこの曲は本当の本当に当時の「声無き者の声」なのである。

絶望の淵を表現する不協和なピアノ。その音が作り出す空気は、当時の辛い状況やいかんともしがたい辛い心境を、ひしひしと感じさせる。
そのピアノの前奏に続いて、深い溜息のような、或いは悲嘆の涙のようなチェロの声。身につまされるようなこの声。どこに着地したら良いのかわからない墜落寸前の戦闘機のように、重い機体でふらふらと彷徨う。
そんな第一主題がチェロによって奏されると、同じ主題がピアノ旋律で繰り返される。ここでチェロは、何かしらの感情が弾けたようなピッツィカート。涙の粒がこぼれ落ちるかのようにも聴こえる。
その後には諦観がよりはっきりと表出している部分もあり、演奏時間も短くテンポもゆっくりとした曲だが、かえってこういう曲のほうがリアルな感情が表現されているのではないかと思わせる。
作曲者はおそらく一日中、こうした暗い気持ちが離れないのだろう。だがことに夜は――陽の光が余計なものを照らしださないので――内に向かう目が冴えてくるものだろう。
この曲を聴く意義は大きい。「戦争」や「平和」という事象や観念に対する音楽は数多くあるが、「戦争」の真っ只中にあった民間人の、また日本人の心境を、斯様に洗練された音楽作品として表し、残されているものは、貴重なものだ。
尾崎の「夜の歌」は、ややもすれば埋もれてしまいかねないマイナー作品である。無論世界中の人に知ってほしいが、まずは日本人がこの曲を演奏し、聴き、解してほしいものだ。平和や反戦への強い志ある主張よりも、いっそうストレートに、世界のあり方にとって大切な真理を教えてくれる音楽だと僕は思う。

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